私は人よりも身軽なんだ














To Spring
















そして何とかは高い所が好きってのを身をもって証明するかのごとく、高いトコが好き…と言うより木の上が好きだ




だから昔からよく木に登ったりしてた




それは現在も変わることなく、寧ろクセのような感じで私の中に根付いている




中学に入ってからも、お気に入りの木を見つけてから(冬以外)毎日のようにそこに登っているわけで




とりあえず木の上をこよなく愛しているという事だけは確かである




今は春。私にとっては最高の季節だ




そして私は今日も木の上で本を読んで放課後を平和に過ごすのであった……









いうつもりであったのに





ばさ





ばさ…?




ふと顔を上げると、木の枝にタオルが引っ掛かっている。先ほどの風で飛んできたのだろうか




既に木に登っている私からすれば、こんなもの簡単に取れるけれども




……気になるな。誰なんだ、これを飛ばしたのは





「……弱ったな」





んん?




何か聞きなれたような声が…したような




重なり合う葉の間から覗くようにして声のした方を確認すると




あれは、確か




柳君だ。テニス部の




実はココ、テニスコートの近くで、テニス部の人たちの声がすることは全く珍しくない




けどこうやって直接的に見たことはほとんどなかったな…そういった意味では遠いし




同じ学年で有名だから顔見知ってるってだけだしね




ああ!そんな冷静に考えてる場合じゃなかった!!早いトコ取ってあげないと困るね彼が!!




と私はタオルに手を伸ばした















今日は弦一郎が休憩時間まで赤也を怒っていたものだから、どこか静かな場所へと思って適当に歩いていた




運が悪かったな。まさかそんな時に限ってタオルが風で飛ばされてしまうとは思わなかった




更にそれが木の上に乗っかってしまったのは、予想外の出来事で




あれを取るのには少々骨が折れるな、と溜息をついた時に、もっと予想外の出来事が起こった




タオルが木の中に引っ込んだのだ




………いや、有り得ないだろう。普通に考えて




取って食われたのか?タオルが?木に?それにしても何の為に?




考えれば考えるほどわけが分からない。それより俺のタオルだ。まだ部活の途中だと言うのに




少し焦って近付くと、またしても予想外な事に、今度はタオルが枝の辺りから放り投げられた




しかも綺麗に畳まれている




丁度俺に向かって飛んできたので落とさずにキャッチできたが、流石にココまで来ると木のせいだと思うヤツはいない




人がいるんだな、あの木に





「すまないな。助かった」



「あー…どういたしまして」





声の主は、やはり間違いなく木の上に居た




俺を驚かせた人間をせめてこの目で拝んでおこうとは思ったが、何せもう時間がない




性別が分かっただけでもよしとするか




テニスコートへと戻りながら、ふいに口を付いて出た言葉は





「さしずめ…木の上の君、と言った所かな」





何故だか嬉しそうに聞こえた














柳君と口を利いてしまった




同じ学年とはいえ初めてなんだよね。喋ったのは




……そんな偶然もあるんだな……得した気分だ




そう思いながら、読んでいた本に再び視線を戻した




それにしても春は木の上も心地良くて大好きだ




いい季節だと思う




出会いの季節、花の季節、何より暖かい




春眠暁を覚えず。一眠りするのにも最適だ




密やかに笑って、目を閉じた














「…今日もいるのか?」



「まぁ…毎日いるからね。雨の日以外は」



「ココは、楽しいか」





あの日から、柳君は時間に余裕があると必ずと言っていいほどこの木の下に来る




一体何がお気に召したのだろうか。いやお気に召さなかったからしばいてやろうかこの小娘とか思ってるのだろうか




けれども彼の言葉には全く敵意も棘も感じられない。興味本位に来ているといった様子だ




私だってあの柳君が相手なんだから、嫌な気はしない。というのが実の所の気持ちな訳で





「楽しい…かな。うん、楽しいよ。単純に木の上も好きだし、テニス部の人たちの声聞いてるのが一番楽しくて面白いんだよ

テニスボールの音もなんかもうBGMみたくなっちゃってね、ないと逆に落ち着かなくなって」



「そうか、まぁ弦一郎の声が一番良く聞こえるだろうが…そう言って貰えると嬉しいものがあるな」



「ただ本読んでるだけだけど、テニス部の人たちに交ざってるような錯覚も起こるよ。何せ三年間だから」



「そうだな…ある意味立派に交ざっていると言えると思うぞ。…それにしても何故この木なんだ?」



「いやぁ、何より虫が居ないんだよこの木、そんで幹が太くてくつろぐには最適。

適度に葉っぱも多くて綺麗に身を隠してくれるから怪しまれずにすむでしょ?そこそこに高いし、最高だよ」





それがたまたまテニス部に近かったんだけど、今まで気付かれる事はなかった(カバンも一緒に上に上げてるし)




気付かれたのは奇跡に近いよね…考えると凄い




でもまだ柳君に顔を見せた事はないんだな、これが




話してるとき柳君はこの木の下にいるんだけど、そこから見上げても私の顔は見えない。本もあるから




柳君自身が顔を見せて欲しいと言った事もなかったし、私もわざわざ降りる必要もないかと判断した(恥ずかしいもん)




そんなわけで、お互いが顔を見ない不思議な談笑が毎日行われる




傍から見ると、まるで柳君が木と話しているようでファンタジックに感じられるけど




そのファンタジックな時間は、これまた不思議に心地の良いものだった




春は出会いの季節




うん、大好きだ。この季節
















「柳先輩知ってます?」





しばらく経ったある日の部活後、赤也が突然口を開いた




突飛な発言はいつもの事だが、こうも毎回だと聞き返すのも億劫になる





「……赤也、主語がないと分かるものも分からない」



「ええと…ッスね、テニス部の近くの木に人がいるんスよ。それも毎日。俺昨日初めて知ったんスけどね」



「………木」





思い当たる。すぐに分かった。あいつの事だろうと




ただ赤也もその存在を知ったのかと思うと、ふと妙な気分になる





「あぁ、それやったら俺も最近知ったぜよ。顔は見せてくれんが気さくでいいヤツじゃな。俺も知りたいのう」





仁王もか




またしてももやが掛かった気持ちが押し寄せてきて




それどころか、不快感さえ覚えた





「そうそう、顔見せてくれねーし名前も教えてくんねーし…3年の女子だろうなってことは分かるんスけど

で、興味あるんでその人の事知りたくて。柳先輩何か」



「……知らないな」





嘘ではない。何も知らないのは確かだ




しかし俺もその存在を知っている、とは言わなかった




言う気になれなかったという方が正しいが





「あ、そうなんスか。じゃあ得意の情報網でちょちょいっと調べて…あ!柳先輩も一回会えば分かるんじゃ」



分からない。それに分かったとしてもそれはお前が知る必要はない、仁王もな」



「……や、柳先輩?」



「……なーんか…怪しくないか、参謀」



「怪しい…か?気のせいだと思うが……そう、見えるか」





訝し気な視線を受けながら口元に薄っすらと笑みを浮かべて、それとほぼ同時に悟った




ああ………厄介だが、嫌な気分ではないな





「仁王、赤也、その事は忘れろ。いいな



「……ウィッス(先輩怖ェ…)



「ピヨ…」





そう分かったからには、もう




木の上の君、のままでは困る
















「今日も部活頑張ってたね」



「当然だ」



「それもそうか…レギュラーだし…」



「ああ」



「それにしても、今日は部活が終わった後に来たんだね。初めてじゃない?」



「初めてだな」





随分と(声の調子が)ご機嫌な様子の柳君に、違和感を覚えた。何だろう、何かあったんだろうか




何にしたって、言いたいことでもあるんだろうな。じゃないと部活後になんて来ない




そう思ってふと本から目を離したときに、思いがけない言葉が柳君の口から飛び出してきた











危うく本を落としそうになった




いやいや、待ってくれ、言いたい事はたくさんある




でもとりあえずはそうだな……何で?




うん、名前知ってることと、イキナリ下の名前呼んだことに対してだ。何で!?





「え、ええと………何で…私の名前を………ん?」





聞いたときに、柳君の記憶力の良さ(それも人間離れした感じの),を思い出した




あぁ…そういえば通称達人(マスター)だったりとかデータマンなのに電子機器を持ってなくて計算は全部暗算だとか聞いた事ある




それを考慮してみると、声だけで私の名前を当てても不思議ではないかもしれない




多分アレだ。全校生徒の声把握してるんだよきっとすっさまじい数だけれども)




名前で呼んだのは…下の名前しか出てこなかったとか…ねぇ。色々あるでしょう





「…まさか俺が全生徒の声を聞いて誰だか当てることが出来る…などと思っていないか」



おお!?思ってないよ!!違うの!!?



(思っていたんだな)違う。さすがにそこまで覚える事は出来ないし、全生徒の声を聞く機会もない」





さ、さすがに無理か……そりゃそうだよね




だったら余計に何で




私なんて集会とかで前に出て何か読んだりしたこともないし、まして表彰されてもないから返事すらしたことないよ




放送部でもないし、柳君と口利いたことは一回も無かったし…それより校内でちゃんと柳君の姿を拝見したこともない




いよいよもっておかしいじゃないか




柳君が私の声を知っているはずはない、じゃあ何で分かったんだ





「俺も声だけを聞いて誰かを判断できるのは、見知っている相手や俺に関わりのある人間だけだぞ」



「で、ですよねぇ」





それがおかしいと言ってるんですけどね




柳君に関わった事……あったか?いや絶対ない。柳君みたいな人と関わってたら絶対に覚えてるもんな




でも柳君のことだ。きっと声と名前は一致しなくても全校生徒の顔と名前くらいは知ってるんだろう




ならどっかで声を聞いたことがあったんだろうか。私がいつかめちゃくちゃ目立つ事をしでかしたのかもしれない




覚えは無いけどだとしたら何かとんでもなく恥ずかしい





「あの…じゃあ何で私の声を聞いただけで名前を当てちゃったのかなー…なんて…知りたかったり

……い、いつの間に私の声と名前が一致する機会があったんでしょう…?」



「いや、そんな機会は無かったが」





そこで言葉を一旦止めると、柳君は私を見上げた




私の姿勢はそのままだったからその様子はきちんと見えなかったけど、次の瞬間には柳君の姿を見ることになったから





「自分が好きな人間の声くらいは、知っていて当然だろう」





今度こそ本を落とした




ばさりと音を立てて落ちていくそれを無意識に目で追って、柳君に受け取られたのをまるで映像のように確認した




しかし色んなことを理解しながら、何もリアクションすることも出来ずにただ呆然とするしかなかった




本を落とした、謝らないと。落ちる前に受け取ってくれた、感謝しないと




柳君の言ってた好きな人間……私のこと? じゃあ早くそれに対して反応しないと、何か、なにか




いや、そもそもこれが告白なのかどうなのか、ただ伝えただけなんだろうか。それともからかっているんだろうか




その前に大体いつ私のことを知って好きになったのか。いつ頃声と名前が一致したのか、まだ答えてもらっていない




最初から私だと知っていて毎日来てたんだろうか、単なる偶然だったんだろうか。それすらも分からない




頭をフル回転させてから言いたい言葉を吐き出そうとするのに、何も出てこない、何もかも追いついていない




ただ繰り返し漏れるのは、ああとか、うんとか、返事にも反応にもならないような呟き




けれどそうして言葉を考えている間にも、呆然としている間にも、どんどん顔に熱が集まってくる




どうしよう、どうしようもない




何なんだろう、この気持ちは




死ぬほど嬉しい、でも恥ずかしい




今すぐここから逃げ出したい、でも留まりたい




今の私達の距離よりもっと近付きたい、でもずっと遠くに居たい




相反した気持ちが私の心を占領して、何も考えられなくする。そこに熱が加わって、もう爆発しそうだ




自分がどんな気持ちなのかさえ分からない。この気持ちは何なのだろう




ああもう、何も整理が付かない









「は」





突然の呼びかけで、やっと自分の意識を取り戻した




先ほどまでとは違う単純な言葉に反応しようとして、思考に少し余裕が出来たらしい。助かった





「…お前は…俺以外のテニス部の人間と話したことは、あるか?」



「…え、と」





ない、と言えばもちろん嘘になる




確か昨日は切原君と話したし、仁王君とも前に一度話したこともある




んだけれども




それを何故だか言い出せずに少し口篭った





「あるのか?」



「あ、ある。あります」





何となく急かされたような気がして、急いで答える




普通に真実を告げればいいものを、何を躊躇っていたのか




………躊躇った?




何故




何故って、それは






柳君に、知られたくなかったんだろう






私が他の人とも話しているという事を




ここに来たのは柳君だけだと思って欲しかったんだ




だから切原君と話した事も、仁王君と話した事も話題に出さなかった




そうか、この気持ちを何なのかと問われれば




多分、きっと、恋なんだ




そう気付いてまた赤面した私を、柳君は謀っていたかのような笑みを浮かべながら見つめた




流石は参謀と呼ばれるだけのことはある……最初から狙ってたのか?





「木の上の君、降りてきてくれないか」



「……はい」





真っ赤になった顔をぶら下げたまま、言われるままに地面へと降りる




近くで見たらこんなにも素敵だったとは。今更だけど再確認




近付いてきた柳君から、大事なものを扱うかのような恭しさで腕が伸ばされて、私は彼の腕の中にすっぽりと閉じ込められた





「思っていた以上に可愛らしいな、



「…あー…光栄にございます」




私は、間違いなくこの人に捕まってしまった




そう一人ごちて、私も彼の背中に腕を回した















あの気持ちは、あの時に悟ったのは




得体の知れない気持ちの正体は、自分勝手な独占欲なのだと




木の上の君は俺だけのものだと、そう無意識に思い込んでいた証拠なのだと




顔さえ知らない相手に、知らずに恋をしていたのだと




そう、気付いたんだ




…お前のことを知っていただなんて、とんでもない




俺の持てる限りの力を尽くして、調べ上げたんだ。声の主が誰なのか




手に入れたかったんだ、なんとしても




そう言ったら、お前はらしくないと笑うんだろうか。











春は、出会いの季節、花の季節、眠りの季節




そして、恋の季節















*******あとがき*******

最初コレお題にする予定だったんですけどね、そんな台詞がなかったんでもう個人夢にしました。行き当たりばったり

柳の夢って書いてそうで書いてない…コイツは書いても成り行きですらやらしい感じには持っていけない不思議なキャラです。流石だね参謀!

お互いが恋に気付いてないとこんなんなると思うんだよね、そういう中学生らしいぶきっちょさが大好きなんです

木の上の君はあの、アレです「白菊の君」とかそういう雰囲気で読んで下さい。今更だけどキザだなァ……!!


07/03/13
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