何でこういう事になってんだっつー話だよ
kissing you
「赤也は?」
「俺は去年ッスよ!!丸井先輩は?」
「俺は小5〜!!!勝ったな!!!」
「えー!!嘘吐いてんじゃないんスか!!?」
「嘘じゃねぇよ、仁王は?」
「ハッキリとは覚えとらんが…俺も小5くらいかの」
「マジっすか!先輩達早過ぎ!!」
「で、柳生はいつ頃だったんじゃ?そもそもした事あるんかのぅ?」
「そのような事は軽々しく他人に教えるものではありません、少しは弁えたまえ」
「てことは少なくとも経験済みか」
「なっ!?」
「お、仁王でかした!!流石パートナー!!!」
「ジャッカル先輩はお国柄的にも普通にありそうッスよね」
「あ?あぁ…まぁな」
私は黙々と日誌を書き進めている
レギュラー共はもうとっくに帰る時間だというのに一向に帰ろうともせず暢気にお喋りに夢中だ
明日が休みだからってテンション上がりすぎだろ、早く帰れマジで
しかも話の内容が内容なのであまり聞き耳を立てるつもりもなかったが、何せ五月蝿い、うるさいのである
否応無く耳に飛び込んでくる楽しげな会話を、只ひたすらに無視してどんどんと書き連ねる
そろそろ書き終わる、書き終わったらさっさとこの空気の中からドロンしてやる
どうか、どうか書き終わるまでにこの会話の矛先が私に向いたりしませんように
最後の一文を綴るためにシャーペンを走らせていると、当然だという風に掛けられる声
「で?は?」
来たよ
何でこういうタイミングで来ちゃうかな、空気読め、日本人なら空気読んでこの私が放つ気配で感じて止めとけ
あーあ、真田や柳がいたらこんな会話なんてガツンと止められそうなものを(特に真田)(幸村は寧ろノリノリだろう)
しかし残念ながら頼みの綱の二人は監督にお呼び出しを喰らっているので現在ここ(部室)にはいない
そうなるともうテンションの上がった奴らを止められる者は居ない訳で
私への言及は聞こえないフリやあからさまな無視も気にする事無く続けられる。逆に言え言えと酷くなる一方だ
日誌も書き終わってない今。こうなったら、観念するしかない
「………まだですけど」
「え?」
「何て?」
「まだですけど何か」
一瞬無音になる空間
何だこの感じ
「うっそだろー!!!お前、今日び中三にもなってまだとかマジでねぇだろ!!!ねぇよ!!!」
「マジすか先輩!!うっは!遅いッスねー!!!!」
事もあろうに柳生まで驚いたような表情を見せた、何?そういう感じ?
ブン太も赤也もかなり可笑しそうな顔をしている。そんなに人を笑うのが楽しいか、性格悪いなお前ら!!
「まだだけど何だよ!してない事によって何か私が迷惑かけましたか何時何分何秒地球が何回回ったときですかええ!?」
「うわスッゲェ久々に聞いたそのフレーズ。え、マジなんだ」
「マジだよ、あと今馬鹿にした奴らマジで全員滅びろ。爆発しろ。私が許す」
「怖ェよ…」
完璧に殺意むき出しにしたのに、彼らは(ジャッカル以外)怯むことなくその話題を膨らませようと私に話しかけてくる
膨らませるのはガムだけにしとけっつーんだよ本当に!!今度ガムでフーセン作ってたら顔面張り手してやるからな(本気で)
「へー、へー、先輩ってまだキスした事ないんスねー。らしいッスけど」
そう、先程から盛り上がっているこの話、何を隠そうファーストキスについて。なのだ
そしてこの場で唯一未経験の私が何故だか酷く馬鹿にされてしまっている。そういう空気になっているわけで
真田…今ほどアンタの存在を心から望んだ事はない……この浮かれポンチ共に一喝の後鉄拳一発ずつ喰らわせてやってくれ
「何がどう「らしい」んだ…ホンットそういう話好きだよねあんたら。ただれた中学生め、私は清楚なんだよ」
「だと、柳生。お前さんはが清楚やと思うか?」
「………ええと」
「考えるなドントシンキング!!!ハイハイ清楚じゃなくて単に相手が居ないだけですけどそれがどうかしましたか!!!!
ああもうほんっと残ってるんじゃなかった!こんなただれた奴らに馬鹿にされるくらいなら日誌放って帰れば良かった!!!」
「ただれてねぇよ別に、早熟なだけだぜぃ☆」
「主に見た目がね、知ってる」
「………」
見た目明らかに中学生じゃないクセに他人のことをぎゃあぎゃあと、それを早熟と呼ぶなら私は一生熟さなくていい
この時期に熟してるくらいならそのまま勢い良く完熟してぐでんぐでんになっちまえ、と恨み言を吐く
「でも先輩そんなん言いますけど、先輩だって別にアレでしょ?相手いたらしたいと思うんでしょ?」
「いないから何とも」
「思いますよ絶対に!!だから俺らはちょっとそういうのが早いだけで全然ただれてないんス!分かりますよね?」
「……ただれてるじゃないか。その時の相手が今現在彼女としていないって事が既に」
こいつらは確か全員フリーだったはずだ。と言うことはそのファーストキスの相手は現在一切関係ないという事だ
一時の衝動に身を任せてしまった、若しくは気の迷いだの興味本位だのと宜しくない理由であったことは想像に難くない
せめて今まで位は付き合っててもおかしくはないと思うんだがな(特に赤也は)
「えー…まさか先輩だってたかがファーストキスの相手と一生付き合って行きたいとは思わないっしょ?そういう事ッスよ」
「………」
無言で視線を外した私を、キョトンと無垢に見遣る赤也
「え?」
「……なに」
「思ってんスか?」
「………なにを」
「ファーストキスの相手と結婚までしたいとか思ってんスか?」
「…………いけない?」
むっつりとしかめっ面で答えた私は、最早何も隠そうとはしていない
どうせ理解されない事は分かってたし、笑われるだろう事も容易に想像できたし、それでもその質問に嘯いたりは出来ない
昔から決めていた。無理じゃない限りは、一生をかけられるくらい好きな人と全ての初めてを、と
「あっははははは!!!ないでしょ!それはないッスよ!!!!」
「お前それは大概だろ…!!マジでか…乙女だな……ッ!!!」
「お前さんはもっと現実味のある事言いそうなタイプじゃと思うとったが…くっ」
やっぱりな
分かってた、分かってたがやっぱり腹立つな
ジャッカルは唖然としてるし柳生も少し困ったような顔をしている、現実的にはまず無理に近いと思っているんだろう
「あんた達は女の子が抱く"初めて"の大切さをこれっぽちも理解してない!!ファーストキスの相手も今頃歯軋りしてんぞ!!」
「してねーよ、結構さっぱりしたモンだったぜ」
「いいや心の底ではもっと良い相手ととか後悔くらいはしてるね、
初めてのキスだってそういう事だって自分の初めてを好きな人にあげられる事は一種の価値だぞ!!安くないの私は!!!」
「そういう事ってお前…斬り込んで来るのぅ。初めてなんぞ重たく思うヤツもおるぜよ?」
「そんな人好きにならないッ!!!」
皆にからかわれながら熱弁していると、頭に直接響くような涼やかな声が通った
「お前達、まだ残っていたのか?弦一郎が戻る前に帰ることだ、また説教を喰らう羽目になるぞ」
「柳っ!!」
私の表情を見て、一瞬で雰囲気を察知した柳は、やれやれといった様子でお調子者どもを一瞥する
「…またで遊んでいたのか、いい加減そんな子供のようなことは止めないか」
「でも柳先輩、先輩ってば有り得ないんスよ?
初めてキスした相手と結婚したいだなんて言うんッスもん。そーゆーのって確率から言っても低いんじゃないんスか?」
先程までの言い争いの内容を、さらっと露見されてしまった
あああ柳にまで馬鹿にされるとちょっと……へこむよ私
「……確率から言えば確かに決して高くはないな、寧ろかなり低いはずだ」
「ほらな、」
「…分かってる、よ。分かってるけどさ」
柳にまで否定された事が切なくて、思わず声を落とした
「だが俺はに賛成だな。キスした、というよりは、初めて付き合った相手と一生共にいたいものだ」
弾かれたように顔を上げる
こちらを見ていた柳と目が合って、一つ柔和な微笑をくれた
「えー!!!何でッスか!!普通色々付き合ったり別れたりの紆余曲折があって最終的な結婚でしょ」
「そやの、誰と一番合うかなんて分からんし」
「しかしそれでもっても別れる夫婦は五万といるだろう。俺は自分の人を見る目に狂いはないと思っている
だからこそ初めて付き合った相手とでも一生共にいたいと思えるはずだという自信があるだけだ」
「……ま、柳の観察眼があれば確かにそう思うかもな。相手の性格とか全部分かった上での付き合いになるっぽい」
「それに」
ふと、私をもう一度見た
「それほどに思える相手とでないと、キスなどは到底出来ないな。やはり一生をかけて本気で好きになれる相手が良い」
ああ
ちょっとときめいた
そうだよね、やっぱり、そう思うよね
柳だって、そう思ってるんだ
嬉しい、何故だろう、凄く嬉しい
単純に意見が同じだった事に喜んだだけではない気持ちの高揚が、沸き起こった
「ほら、柳もそうだって」
「じゃあもうそれはそれでいいッスけど…あ、それなら先輩俺とキスしてみません?結婚してくれるんスよね?」
「絶対やだ死んでもお断りだ」
「(ウワー地味にメッチャ傷付いた)」
「どうせなら柳とがいい、柳くらい分かってくれてる人がいいよほんとに」
へらっと笑って冗談ぽく言うと、柳がそれに反応するように口を開く
「それは良い偶然だな。俺もそうしたいと前々から思っていた」
ぽんと柳の口から零れ出た言葉
あまりにいつもの調子で言うものだから、危うく「だよねー」とか返しそうになってしまった
先程の私の言葉で静まった空気とはまた別の無音の空間がそこに出来上がる
驚いた顔をしていないのは、言葉を放った当の本人だけだ
とてつもない爆弾を落としたとは到底考えられない、涼しい顔をしていた
全員が唖然としている状況には関わらず、柳はつかつかと私の元へと歩いてくる
「日誌は書き終わったな?」
「……え、あ、はい。終わった、さっき」
「そうか」
ぱたんと日誌を閉じて、それを私に持たせてからさっさと机の上を片付ける
あっという間に私の荷物をまとめた柳は、促すように私の背中を軽く押した
「では、帰ろうか」
「うぇ、う、うん」
未だぽかんとしている皆を置いて、私たち二人は部室を後にする
しかし私も例外ではない、同じく状況が飲み込めていないのだ
私の荷物を持って歩を進める柳を追いかけながら、しどろもどろになりつつ何とか話しかけた
「すみません柳サン、イマイチあの…何と言うか」
「突然だったから無理もないな」
やはり彼は淡々と言葉を紡ぐ
「とりあえず俺は、お前が言ったさっきの言葉が自棄から出た出鱈目でないと助かるのだが」
出鱈目、なんかじゃない
どうせなら、なんて思っちゃいない
出来れば、叶うなら
柳くらい分かってくれてる人、じゃなくて
柳 が いい
そう思ってたよ
「ほ、んしんです」
「…俺とキスしてもいいと言うことは、つまり俺はお前のお眼鏡にかなった人間だと思っても良いのかな?」
「お眼鏡だなんて恐れ多い…わ、私こそ……とても柳の思ってるような人間じゃないと思うけど」
「そこは安心してもいい。何せ俺が見込んだのだからな」
それは確かに
柳の観察には間違いはないハズだ
困った表情のまま固まっていると、すっと目の前に端正な顔が現れた
「!!」
「これでお前の初めてを俺が貰ったと同時に、俺の初めてもお前に捧げた事になる。これからもずっと、宜しく頼む。」
「あ、ぅ……よ、よろしくおねがいしまふ」
出来る事なら、この愛しい人と共に、私の全ての初めてを
そして 共に 一生を
真っ赤に茹った私の顔を見て、彼は至極嬉しそうに笑った
一方残された面々は
「…あれ、何だろこの感じ」
「見事に全部持ってかれたッスね」
「……柳…意外と強かやのぅ」
ただ重い溜息をつくばかりで
俺達だって
何とも思っていない相手にあそこまで突っ込んで詮索するほど
…暇じゃない…
「…俺、もちょっと素直になろっかなマジで」
「ああ…じゃあ俺も」
「正攻法も大事やっちゅーことじゃな…」
「…お前らの場合は分かりにくすぎるんだよ」
「……彼女の選択は無理もないと思いますよ」
そして戻ってきた副部長は、部室の異様な雰囲気に、用意していた一喝さえも引っ込めざるを得なかったそうな
******あとがき******
キスキスとやかましくてすみません、でも柳ってそんなに何人も恋愛経験積まなさそうだと思いませんか
柳なら一回で一生のパートナーとなりえる女性と恋愛しそうだなと。何か苦難があっても普通に切り抜けそう
そういう女性になってみたいモンです(真顔)
10/05/04