例えばこういうトラディション













普通に健全な学校生活を送っとると、否応なく様々な噂が耳に入ってくる




聞くだけで興味が失せるような噂から、信憑性や根拠なんかを知りたくなるようなもんまで色々




根も葉もない噂の飛び交う中、一つだけやたらと身近に感じられる噂があった





図書室の奥にある古書室(資料室)に、主と呼ばれる人物がいるらしい。と





七不思議にすらならんような話じゃが、夜の保健室には〜…とか言われるよりは遥かに信憑性に勝る気がする




しかし古書など読む機会はないし、古い本ばかりが押し込まれている倉庫みたいな場所に行きたいと思うこともない




何しろいちいち司書に相談せんと入れん場所なんぞ、わざわざ行って確かめようという気すら起こらん




別に誰も古書室に入った事がないってワケじゃないやろうが、その真意を明確にしたいが為に入ったヤツも聞いたことはない




真実とも単なる噂とも取れるような曖昧なその話だけが、ただただ口伝として校内を漂っていた












「え?」



「ですから、レポートを完成させる為に必要な資料を借りに行こうと思っている。と言ったんですよ」



「いや、それはちゃんと聞いたが…どこへ行くって?」



「資料室ですが」



「それってあの…あれか、図書室の奥にある古書の部屋かの」



「ええ、そうです」





丁度桜も散り始めた頃、柳生が放課後にそんな事を言い出した




えらくアッサリ言うもんじゃの、俺が噂を気にしてこんな反応しとる事なんて分かっとるじゃろうに




三年にもなって、その噂を一度も耳にした事がないハズもないと思うが





「資料室ってーと…例の主さんがおるとか言われとるよな」



「そうですね」



「……そうですねって、まるで興味なさそうに言うな」



「興味がないというか…実際いらっしゃいますからね。主と呼ぶには似つかわしくありませんが」





その言葉に一瞬耳を疑った、まさかこんなにさらっと肯定されるとも思っとらんかった




噂じゃなかったんか、あれ。真実を知る者がこんなにも近くにいた事に、普通に驚く




しかも主に似つかわしくないっちゅーのは…どーゆーことじゃ





「仁王君も一緒に来られますか?会いたいのなら会えると思いますよ」





俺の表情の変化に気付いた柳生は、少しだけ笑いながらそう言った













「失礼します」





先導した柳生がドアを開けると、古紙独特の匂いが鼻をついた




少し埃っぽく感じるのも、多分この匂いのせいだけじゃない。確かにココは紛れもない古書室じゃ





「…あ、いらっしゃい。お久しぶりだね」





初めての景色に視線を彷徨わせていると、窓際の方から声がした




雰囲気に圧されて主の事も忘れかけていたその頭で、この重厚な部屋には似合わないと反射的に思うような




ふわりとした、声





「……女、やったんか?」



「仁王君、いきなり失礼ですよ」



「あれ、柳生君だけじゃなかったんだ。えーと確か…テニス部の仁王君、だっけ。どうも」





体を預けていた窓際の本棚から降りて、俺達の方に歩いてきた




紛れもない、普通の女生徒




主という重々しい名称で、勝手に男か大人だと決め付けていた脳では、いささか受け入れ難い事実じゃった




柳生の言うとおり、主様と呼ぶにはあまりに風格のない女生徒だ。古書室にいる事自体は不思議じゃが





「今日はどんな資料が必要なんですかね?」



「ああ、そうですね。実は…」





そう聞かれた柳生が必要な資料のジャンルを説明すると、女生徒は少し考えて





「そういう系統の本なら、あそこの棚の…中段辺りに置いてあると思うよ」



「ありがとうございます、いつもすみませんね」



「どう致しまして」





にこりと笑った彼女は、俺の視線が自分に注がれている事に気が付いてこちらを向く





「何か?」



「いや…驚いての。本の場所覚えとるんか?」



「……だから主とか言われてるんだよね…実に不本意なんだけど」





少し拗ねたような顔をして答えた彼女は、そんな重々しい名前とはかけ離れた雰囲気を纏っとった





「大体主って酷すぎるんだよ、もうちょっとほら…何か…妖精とかそういう



「ぶっ…!」



ちょ!!!笑ったね!?今笑っ…っていうか吹き出したね!?



「……よ、妖精はないじゃろう…妖精は」



主よりマシ!『資料室って何か主とかいるらしいぜ〜』『うっわ〜何だよそれ怖ェ〜』とか言われる方の身にもなってよ!!

ならまだ妖精さんの方がいいじゃない…ファンシーで夢あるしさ…浮世離れしてる感じが



「お前…面白過ぎる……!!」



ちょ、なに!!もう!!柳生君!!!君の友達さっきから酷いよ!!!いいじゃん妖精!可愛いじゃん!!」





興味本位で付いてきた俺が彼女と親しげに話しとる様子を見て、柳生は珍しいものを見たような顔をした




いや、俺もまさかこんなヤツやとは思っとらんかったから、覗き見程度に顔見て帰ろうかとは考えとったけど




柳生も俺の社交的とは言えん性格を分かっとるから驚いとるじゃろうが、何より驚いとるのは俺自身やからの





「…で、お前名前は」



「……。です」





笑いを湛えた声を発した俺を少し睨んだ後、ため息と共に名前を吐き出した




不思議と、嫌いじゃったハズの古書の匂いすら、の雰囲気と合わさった瞬間に、悪くないもんのように思えた




そう、一目で気に入ったんじゃ、




端的に言うとそういう事やの


















「おお、ほんとにいつもココにおるんか?」



「やっほー、仁王君」





資料室のドアを開けると、この間と同じ場所にがおった




あの時と同じように、本から顔を上げて俺を見る




違うのは、前回一緒じゃった柳生がおらんっちゅー事かの




もそれに気が付いたようで、軽く視線を巡らせてから不思議そうな顔を見せた





「一人なんだ」



「ああ、一人じゃ」



「どんな御用向き?何かの資料探し?」





本棚から降りて立ち上がろうとしたを手で制する





「いや、別に資料探しに来たワケじゃなかよ。座っとってくれ」



「?じゃあどうしたの?」





近くに置かれていた椅子に腰掛けてから、薄く笑って





「気に入ったんじゃ、おらせてくれんか」





何をとは言わんかった、実際雰囲気がなのかがなのかは分からんかったから




既に寛ぎ体勢に入りかけとる俺を少しだけ嬉しそうに見遣ったは、もちろん構わないと言った




二度目の来訪から、俺はテニス部が休みになったりした日には、資料室に足を運んだ




そしては迷惑そうな素振りも見せず、ただぽつぽつと俺と会話をして笑い




俺も興味深そうな古書を見つけ出してきては、それに目を通したりした




人気のない資料室と、そこでと二人で過ごす時間が何となく心地良くて




気付かんうちに、あの主と友達になってしもうた















「…そういやは何で資料室の主になったんじゃ?」





全国大会も近くなってきた初夏の頃、会った時から気になっとった話題をふと口にした





主じゃないよ…妖精だよ本の精霊的な



「……ここの古書ってのは結構ファンタジー系が少ないのに何でそこにこだわるんかがよく分からんが」



「や、最初は普通に図書室で本読んでる普通の女の子だったんだよ。でもどっちかっていうと変わったものが好きでね

そんでどうせなら古書読みたいな〜なんて思って資料室に入ってみたらまぁどっぷりハマっちゃって…」





遠い目をして記憶を辿る




思ってみれば、事実的に主がおる事を知っとるヤツはおっても、その経緯までは誰も知らんのじゃないか(の友達以外は)





「毎日のように資料室に入り浸ってたら、司書の人に断らなくても暗黙の了解で入れてもらえるようになってさ

読んで読んで読み漁ってて…したら覚えるじゃん、置いてある場所とか。そうなると司書の人からしても都合いいでしょ」



「まぁ…司書も資料の場所なんていちいち覚えとらんじゃろうからな」



「そーいうことねー…だもんで必然的になったっつーか、なるべくしてなったっつーか?」





私からしたら儲けもんだけどね、と付け加えておどけた様に笑う




そりゃあ役得じゃな、と返すと俺の質問が終了した事を確認して、本に目を戻した




でもまぁ…主になっとらんかったらこんな風に出会う事もなかったじゃろうし




俺としても…得といえば得……なんかの、と出会えた事は素直に嬉しいと思う




てんで柄じゃないが
















全国大会も無事に終了した俺達は、部活を引退する事に相成った




部活が終わったら高校まで何するかと少し前まで考えとったが、今は普通に暇が出来た事が有り難い




これで好きな時に資料室に行けるってもんじゃな、多分勉強なんかをやるにもあそこはええ場所じゃ




最近は色々忙しくて、資料室はかなりご無沙汰しとったからな




静かにドアを開けると、久しく嗅いでいなかった匂いが漂った




そしてしばらく目に留めることもなかった姿もそこにはあった




……ん?




何を一生懸命見とるんじゃろうか




いつもなら本に落としとった視線を上げてこちらを向くのが常となっとった状況が、少し違った




相変わらず本は開いとるが、視線は真っ直ぐ窓の外へ。訪問者にも気が付いとらん様子で




何となく気になって、声も掛けずに窓の外を見ると





「……悪趣味やの」



「…仁王」





別に本気で言ったわけじゃないが




初めて俺に気が付いた様子のは、振り向いて少しだけ目を見張った




しかしまず間違いなく趣味が良いとは言えん…事やっとるよな





「人の告白現場なんて見て楽しいか?」



「楽しいから見てる訳じゃないよ、っていうか誰にも話さなかったら見てないのと一緒だから大丈夫」



「そういうもんかの…そういうの屁理屈って言うんと違うか」



「いいんだよそういうポリシーなんだよ……一生相手にバレない浮気はしてないものとする事にしてる人間なんだよ私は



「お前浮気するんか、意外やの」



「しないよ、された時の話」





むすっとそっぽを向いて黙り込んだ、そういえばうまいこと話題を逸らされた気もする




ふと見てみれば先程が見ていた先におった二人はもうおらんようになっとった




あんなもん見て下世話に噂するような女でもないじゃろうにな





「……あそこはさ、有名な告白スポットなんだよ」





面白そうな本でも探すかと背を向けた時、ぼそりとが呟いた




その声色からしても、明らかに面白半分というわけでもなさそうで





「あの一本木の下、どこの教室からも見えない位置にあるってのもあるけど

いわゆる伝説って言うか言い伝えって言うか…そんなんがあってね、それで有名なの」



「はぁ」



「気のない返事を……仁王だって何度か呼び出されてたでしょう、見たよ私」





そういえば…何でいちいちあんな所にと思った覚えがあるな。最近はその場で断るから行くまでもなかったが(手紙以外は)




それよりも、自分が告白される所をに見られていた事が何となく居た堪れないように感じた己に驚く




かすかに羞恥が湧き上がり、俺はどうかしてしもうたんじゃないかと半ば本気で焦った





「つってもアレだよ、今みたくばっちり見てた訳でもないんだよ。その頃はどうでも良かったからさ」



「…どーでもって…何がじゃ」



「え?言い伝えが。見えるからチラ見しただけで、本読んでるほうが面白かったしね」





でも最近その言い伝えってのが気になりだしてね、ちょっと本気で見てたんだ。あの人らには悪いけど




そう言いながら悪戯っぽく笑った




の心に何らかの変化でもあったんじゃろうか、最近気になりだしたとは




じゃがこっちも俺の感情の変化に少しなりとも動揺しとったから、それを突っ込んで聞ける余裕もなかった




そんな俺の様子には気付かずに、は言葉を続ける





「えっとさ、あそこで告白して成功したら、二人はずっと仲睦まじく幸せにいられますって類の言い伝えなんだけど

実際成功してる人ってその後も上手くいってるもんなのかね……単純に気になる」



「ほう、初耳じゃな」



「私も一応女の子だから、嫌でも噂って耳に入ってくるし…っていうか同じ場所に何回も呼び出されてたのに初耳だったんだ」



「女子は噂話が好きじゃからの…というか誰もそんな事いちいち言わんじゃろ」



「まぁね…どのみち成功してる人自体が希なんだから、

少数の成功例が言い伝えの事実と異なるかどうかなんてほとんど確かめようがないんだけどね」





一瞬だけ遠い目をすると、その話にはもう触れないように本を読み出した




、言い伝えが事実じゃったら、お前はどうするんじゃ




呼び出したい相手でもおるんか




口をついて出そうになった言葉を、寸での所で飲み込む




ああ、そうか




一人で合点してから、黙々と読書をするを眺めた




だからか
















「あの木の下で告白して、成功したカップル。やっぱり別れた人もぼちぼちいるみたいだよ」



「そりゃあそうじゃろう」



「……そうなんだろうけど」





残念だね、何か




本当に残念そうに呟いた





「言い伝えってそんなモンなのかな」










あの時に分かった事がある




それから毎日お前に会って、膨らんでいった気持ちがある




何でこんなに俺が、この場所に固執しとったんか。衝動的に気付かされた





「古い言い伝えなんてそんなもんじゃろう、時代は常に動く。新しい伝説でも作れば良かろ」



「作るってどういうこと」





きょとんとこちらを見た




その瞳に何故だか吸い込まれそうな気さえしたが、多分持ち合わせている感情故の錯覚





「例えば」





先程まで飄々と泳がせていた視線を、の瞳に注いだ




ただまっすぐに見つめて、口を開いた





「例えば、資料室で好きな人とキスできたら、二人は幸せになれるとか」














「……え」





面食らって呆けていると





「言いたいことはわかるな?」





と実に意地悪そうに笑った




それが冗談ではない事くらい、目を見れば分かる




何故だか試されているような気がして、その意味を素直に受け取る事を躊躇った




ここであっさりと負けてしまうのは、少々悔しいような





「……俺達が伝説の走りになるぜよってか」





精一杯虚勢を張って、緊張に引きつった顔をしながらにやりと笑う




まぁ虚勢だなんてバレバレなのは分かっているけど




だってこんなにも動揺しているのに、普通を装う事なんて出来るはずがない





「まぁそういうことやの、分かっとるなら話が早い。伝説作っちゃろう」



「え、え、ちょ、待って私まだOKとか言ってない……!!っていうか好きとも言われてな」



「好きじゃよ」





食い気味に言葉を被せた仁王はキスをした




多分彼の事だから、私の返事なんて聞かずとも分かっていたのだろう




あの言い伝えを突然気にしだしたのも、顛末がどうなったのかを知りたがったのも、仁王が好きになったからだと




その事さえ分かっているのかもしれない




真っ赤になった私を見て、仁王はくっと笑った




前々から思ってたけど余裕ぶっこきすぎてムカつくコイツ、キス記念に一発殴ってやろうか




私に引っ付くようにして腰掛けた仁王は、少しだけ満足そうに瞳を細めた





「さてと、どうやったらこの言い伝えが広がるんかの。やっぱり口伝が一番か」



「こんなことどうやって触れ回るの」



「二、三人に曖昧に喋るだけで人伝で広がるもんじゃきに、尾ひれも付いてな。そしたら資料室もあっという間に人気スポットじゃ」





軽く笑った仁王の声を聞きながら、ふと資料室を見回した





「…それはそれでちょっとやだなぁ」



「そうか?お前さん古書の魅力をもっと伝えたいって言っとったじゃろ。人が集まるんは喜ぶべきじゃないか?」



「多少なりとも本に目的があればね…それでいいんだけど。そういうわけでもないし……

それに…思い出の場所を他人の色恋沙汰で踏み荒らされるのも…あまり……良いとは言えない」



「思い出…確かにお前さんにとってはかなり思い出深い場所じゃからな、噂のネタにもなっとるくらいじゃ」





からかうよう言ってに私の方を見る




それもあるんだけど…さー





「仁王とも……ね、思い出の場所だよ。当然主やってるからってのもあるんだけどね」





ふいと視線を外して呟いた




そう、私の三年間の思い出はココに凝縮されてるといっても過言ではない




でも、それより何より大切なのは




仁王と出会って、仁王を好きになっていって、そして仁王が私を好きになってくれた場所だってこと




それが、一番の思い出なの





「お前は…何でそう可愛え事ばっか言うかの…ッ」



「わ」





ぎゅうと仁王に抱きしめられた、苦しいはずなのに、離して欲しくないと思った





「…じゃあこれは二人だけの言い伝えやの」



「……それは言い伝えの定義が違う…」





そう返しながらも、心の中ではそれでいいと思ったのは、多分伝わっていたと思う




もう一回、ちゃんとキスしてもええか




仁王が耳元でそう尋ねたので、一瞬考えてから、こくりと頷く




すると今まで見たこともないような屈託のない笑顔を浮かべて、先程よりもずっとずっと優しいキスをしてくれた




まるで仁王の気持ちが全て伝わってくるようなキスで、同じように私の気持ちも全て彼に伝わって欲しいと強く願う




これから私たちが言い伝えの通りに過ごしていけるかは、私たち次第なんだ




こういう変わった言い伝えも、悪くない かもしれない



















******あとがき******

結局久しくアップしてないような状況になってしまいました、非常にスミマセン

っていうか12月には出来てたんだからとっとと出しとけって話

トラディションは言い伝えの意味です、まぁこんな言い伝えも悪かないんじゃないかと

言い伝えあんまり関係ないとか言っちゃ駄目ですよ、禁句ですよ

とりあえず仁王が好きだ。彼のことを考えるだけでどきがムネムネします


10/01/08


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